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サラリーマンを経て、家業の料亭を継いで奮闘中の毎日です。以前はあまり興味の無かった茶道もいつの間にやらハマってしまって、最近はお茶を点てている時がいちばん落ち着くようになりました。そんな経験を活かし、お茶に興味がある方や全く経験が無い方にも茶道の楽しさを伝えられたらいいなあと思い、その方法を模索中です。

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2009年7月15日 (水)

美ささ苑のはじまりについて その3

 
~ 前回よりつづいて

仰木魯堂ゆずりの近代数寄屋のセンスで建築は進みました。
お茶会のための、お道具がひきたつ空間、建築が出過ぎたり
表現したりしてはいけない、そうした考えが基底にありました。
本当にお茶が好きな人でなくてはできない茶室・露地です。

事実、この茶室には他にはないものがあります。
まずは究極の席といわれる「一客一亭」の二畳席、
それに続いた太柱が特徴の逆勝手の席、腰障子の貴人席で、
これはご自分が亭主として楽しむ席ともいえます。
にじりのある三畳台目はオーソドックスで客が楽しめる席。
それにここの水屋は広くて、しかも絞り丸太のいい床の間があるのです。

この三つの茶室を一棟に収め共通の水屋をつけた構成は珍しく貴重です。
どうしても茶人を悦ばせるものをつくらなくてはいけない、
その気持ちが庭を囲う東南の二方に隠し塀を造らせました。
自然の風景、天平文化、桃山の文化、光琳の気分が伝わっているような、
それらを凝縮したような空間、藤井さんの設計意図はそんなところにあったようです。

庭については、まず石組み、それは骨格のようなもの、築山から
水の流れるがある、その流れをわたらないと茶室に入れないようになっている。
そこで身を清める、そして枝折り戸があって蹲と燈籠がる。
二百坪のところに小宇宙をつくる、市中の山居をつくる、そんな意気込みでした。


いよいよ準備が整っていきここで、一つの大きな課題が出てきました。
この茶苑の名前であり、看板です。
名前は「美ささ織」からとって「美ささ苑」にすることで合意していましたが
問題はその看板を誰に揮毫してもらうかということです。

まず、頭に浮かんだのは禅の高僧です。お茶といえば京都の大徳寺、南禅寺
そして、鎌倉の円覚寺など、しかし、いくつかの候補の一行書を見ても
禅的にすぎるのか風味の点でいまひとつぴったりとくるものがありません。
書家の書も調べてみましたが、なにか衒いがあって魂に響くものがないように感じ、
画家の書にいい感じのものがありましたが、禅的な精神性が弱いような感じがしていました。

そんな時、たまたま本屋の書棚で、これだ!という書を見つけました。
それは豪華本『東大寺』の背表紙に書いてある「東大寺」の文字で、
雄勁で美しくしかも魂に響くものがありました。
それは東大寺の貫主、清水公照老師の書でその世界では有名な方でした。

そこで知人を介し老師に打診してもらいました。
すると「獨楽庵」の由来を聞いて快く聞き入れくださり、
「美ささ苑」と「獨楽庵」の二つの書を揮毫してくださることになったのです。

そしてようやく、昭和57年3月に無事完成したのです。

つづく


 

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